#62の補足事項に応じて、です。
1.新聞社・報道機関のスタイルブックについて
"正しい日本語"を標榜して校閲部を設け、校正ハンドブックを以て記者の"拠り所"を明記する、この「朝日新聞の用語の手引き」の例もあれば、片や校正部こそあれ"正しい日本語"の判断は行わないとして、オックスフォードを始めとする外国の辞書作りのような「用例主義」に徹する某出版社のスタンスもあります。何れにせよ結局は「読みやすく、分かりやすく、通じやすい文章」を目指してはいるのでしょうが、そのスタイルの堅固対軟弱、あるいは固陋対柔軟の如何はまた受取り手のスタンスとも係わりましょう。
ですから、自分には伝統の重さ・大切さに拠る語義・範例主義を課し、他人様には今日的応用に富んだ用例主義を─その両面からの視点を以て言葉の用法のゆれや変遷を学ぶことができれば、と。
熱波が発生しない場所
2.漢熟語に関わるコロケーションの難しさ
この手引きの「誤りやすい慣用句」では、狭い意味での慣用句だけでなく通常の連語関係も含めたあれこれを載せています。
1)慣用句…一般には用いることが稀な特定の語句が含まれていたり、語句同士の繋がりが表層のそれとは別の意味を帯びたりして、しかもその表現は固定されており、勝手な変化は許されない。「道草を食う」は「道草を食べる/いただく」では誤用となる。「咽喉から手が出る」「顔が広い」など身体を指す語が多用されている点も見逃せません。
2)連語関係…特に親和性の高い語同士の組み合わせに、一定まではいかないが幾通りかの制約が存在します。特に漢熟語と漢単語動詞との組み合わせでは結びつきの強弱だけでなく、語義の重複や混合また重層に代換など表現の正用から誤用まで濃淡さまざまなレベルが生じてしまい、その用法の可否判断には大きく時代差や個人差が現れることになります。
3)一般の自立した語句の文法上での関係
係り結びがらみの「全然」「てっきり」「いまいち」といった副詞類の選択、「荒げる」「おさがわせ」など動詞の語形の誤り、「たにんごと」「しょたいけん」など漢字の未熟といった、さまざまな誤用やゆれが起こっています。
3.朝日新聞版「誤りやすい慣用句」の具体的点検
1.「×犯罪を犯す →○罪を犯す
※重言である。刑法でも「罪を犯す」とあり「犯罪を犯す」という言葉はない。」
・「犯罪を犯す」は「犯」という単語が2度使われている、そして刑法では用例がないという理由です。では「法を犯す」、その結果再び「罪を犯す」といえるのか。それこそ一番の重言ではないのか、については何の分析もない。ここではただ用例主義に化している。
近づいてハリケーンの兆候は何ですか?
そもそも、漢単語「おかす」の多義性は極めて難解なのだと思われます。
原義:人間としての基本的な禁忌をおかす。
触(ふれる/おかす)…おきてを犯す。また、こわいものにあたって、害を受ける。
触犯…禁じられている事柄を犯す。犯触。
触穢(しょくえ)…禁忌すべき物事に関係して、からだなどがけれること。
干(ほす/おかす)…障害を越えて突き進む。
干犯…法律や、人の権利・領土などをおかす。
姦/奸(よこしま/おかす)…道理を犯す行い。悪事。また、その悪事を犯した人。
姦軌…道理にそむいている。また、そのような人。
冒(おおう/おかす)…上にかぶる。またおおいかぶったものを押しのける。
冒犯…おかす。押しのけてすすむ。しのぐ。
冒禁…禁令をやぶる。
ざっと見ても「おかす」の漢語はどの場合に何を当てたら順当なのか、まだまだ不明な箇所が多いので、単に重言と切り捨てがたい学習課題が残っている次第です。
2.「×車の轍(わだち) →○わだち(「車の」は重言)」
・「わだち」はそのまま「輪立」すなわち車輪の通った跡でしかなく、だからこそ「車轍(しゃてつ)」という熟語もあるがこれも「車輪の通った跡」でしかなく、どんな車両の「車輪」なのかには及んでいない。鉄道の、飛行機の、自動車の、馬車の、荷車のといった修飾は欠かせないのだから、少なくとも「その車の轍」は必要な用法である。
車両とその付属でしかない車輪とを「車」の字で混同して重言と思い込んだとしか思えない。ここでは用例主義を用いてもおらず、「語義」での誤解を犯して(冒して)ないだろうか。
教訓容易にする方法
3.「×平均アベレージ
※「平均」か「アベレージ」かどちらか一つでよい。両方同じ意味だから重言である」
・「平均」の意味では頭音に強拍があり、強拍が3音目の方は「水準」の意味となるので、前後の流れやアクセントも考慮しないと単純に重言では片付けられない。
4.「×思いがけないハプニング
※「ハプニング」は「思いがけない出来事」の意味だから重言となる。」
・"happening"は「毎日の出来事(everyday happenings )」のように出来事一般、せいぜい偶発事であり、ただ大文字" Happening "のみは、1959年ニューヨークでアラン・カプロウが仕掛けた「ハプニング・ショー」に始まる市民巻き込み型演劇ムーブメントが起こったことから、一時代「予測不能」の意味を付加した過去があるに過ぎない。その後は"hap"と遣っており、"happening"ではむしろ俗語で麻薬を意味する場合もある。「思いがけない~」なら"event"こそ原子炉の偶発的な機能停止の出来事を指すし、そもそも「椿事」であれば"accident"の方であろう。
5.「×射程距離に入る →○射程内に入る
※「程」は「距離」の意」
・「程」は一定の長さや道のりを指すから射程で、その銃砲の到達有効性能を表わすが、一方「距離」は二つの地点間の長さを表わすとともに、へだたり程度の意味もある。「双方の主張にはなお距離がある」など。ターゲットがその銃の性能射程に入ったかどうかの、隔たりとしての距離を計測して、結果として正確な「射程距離」がはじき出されるのである。測距儀や着弾スコープで「射程」を測ってはいない、もちろん射程性能を前提としたターゲットとの隔たり度合いとしての距離を測っているのある。
だから、だから「射程距離」が重言ではなく、「射程距離に入る」はもちろん「射程内に入る」も表現があいまいで、「射程圏内に入る」と普通にはいうだろう。風向きと風力、ターゲットとの高低差などを踏まえて射程距離を概算するもので、ターゲットとの隔たり具合を単に「射程」などと誰がいうだろう。もちろん重言ではない。
6.「×数珠つなぎになった車に次々と飛び火しながら引火していった
※「次々と引火する」のを「飛び火」という。重言である。」
・例文がお粗末すぎるのですが、単に「数珠つなぎになった車」群であれば、それは大渋滞での形容レベルでしょう。相次ぐ車両同士の多重衝突事故の場合では「数珠つなぎ」どころか、クラッシュの連続でガソリンタンクから燃料がこぼれ出したり、漏れて気化状態になっての熱による引火が一般的に想定されよう。「飛び火」は火の粉が舞う状態であり、材木など積載したトラックでもなければ普通には生じない。電気系統からのショートから火花が生じたとしてもこれはスパークであって「飛び火」とは呼ばない。この記述が不自然なのであって、引火と飛び火は重言ではありえない。
以上、同「手引き」に掲載されたおおよその重言に触れてみました。
何が正しく、どれが間違いなのかを云々する以前に、まずは分かりやすい文章を書こうという意思が前提にあって、漢熟語の語義の多様性やコロケーションの難しさを自覚して謙虚に学習を心がけることが何よりだと思っております。
投稿日時 - 2011-10-12 15:14:07
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